2020年01月09日

でたらめなカリフォルニア州司法試験

 受験中はあまり考えないようにしていたが,カリフォルニア州司法試験は実にでたらめな,ひどい試験である。
 受験生が文句を言っても仕方がないのだろうが,これでアメリカの法曹界は大丈夫なのかと少し心配になる。

ルールの無視
 カリフォルニア州司法試験では,ルールは適当でよい。もっといえば,間違っていても,受験生の多数がそのルールを書くのであれば,そのルールを書く必要がある。しかしながら,法律家を選ぶ試験がそれでいいのであろうかという疑問は拭えない。
 これでは,法律を無視して,陪審員を言葉巧みにだます法律家の養成にしかならないのではないだろうか。

暗記するだけのルール 
 また,カリフォルニア州司法試験では,どうして法=ルールが作られたのか,ルールにはどんな問題点があるのかを考えることは禁止され,ただひたすらにルールを覚えることを要求される。
 つまり,ロボットのように,何も考えずに暗記していく能力が要求されるのだ。
 はたして,そのような能力を試す試験で,良い法律家になるべき人物を選べるのであろうか。

多数派による支配
 さらにカリフォルニア州司法試験で要求されるのは,「正しいルール」を書くことではなく,「多数が書くルール」を書くことだ。
 これが民主主義であるとでもいうのであろうか。そこには,正義も真実もない。多数派に追随する能力だけが高い法律家を作り出してどうするのであろうか。 

 受験生の掲示板をよく読んだが,暗澹たる気分になった。
 考えていることは,「どうやったら効率的に合格できるか」「どうやったら試験でよい点を取り良い就職先を得られるか」ばかり。正義も真実も社会貢献もおよそ存在しない。存在するのは自分のことばかりである。

 とはいえ,とても責めることはできないとも思った。
 数千万円に及ぶ多額の投資をしてロースクールに3年間通い,厳しいロースクールでいわば青春を犠牲にした受験生たち。試験に合格できなければ何をしていたのか全く分からない。その状況下で自分の合格だけでなく幅の広い視野をもてと言ったところで綺麗ごとに過ぎないと言われてしまうだろう。

 もしかすると,能力のある受験生は,私が読んでいたようなネット掲示板に書き込みなどせず,苦も無くカリフォルニア州司法試験を突破することができ,もっと広い視野を持てているのかもしれない。

 しかし,様々なところで,アメリカの法律家自体が「カリフォルニア州司法試験は,人間性を失わせるひどい試験だ」というのを耳にした。これは,実際にひどい試験だからであるとしか思えない。

 恥ずかしながら,私は,日本の司法試験の現状をよく知らないのであるが,アメリカのようにならないことを祈るばかりである。

posted by 内田清隆 at 15:50| Comment(0) | TrackBack(0) | その他
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